東巻&荒福前提・品無しハコガクギャグ

0,02ミリの決勝戦

 ※肉体関係ありの東巻と、荒→福プラトニック前提の、品のない避妊具ネタギャグです。苦手な方は気をつけてください。




 私立箱根学園自転車競技部の新一年生は、迫りくるプレッシャーに畢竟の面持ちだった。
 箱根学園自転車競技部は過酷だ。いささかマイナーな競技にもかかわらず部員数は五十名を数え、常勝を義務付けられた部内は部員同士の競争も厳しい。空色のレギュラージャージに憧れ、新一年生とは言え過酷な練習に耐え得る気持ちに曇りはなかった。
 が、しかし。
 青ざめた新一年生は保冷剤を与えられてもいないのに、肝は鳥肌が立つほどに冷えっ放しだった。
 いや、正確には彼には保冷剤は必要だった。厳しい練習に体温は上昇し、生理的反応から失調した身体は確かに解熱を欲していた。だがその身体の要求は精神面から棄却される。
「……ちょっとだらしないんじゃナァイ?」
 鞭のようにすらりとした肢体を持つ男から発せられる声は、鞭で打擲される厳しさの比ではない鋭さを持つ。そこには野獣がいた。整った、どちらかといえばあっさりした顔の背後に獰猛な野獣が見える。
 競技者として決して草食動物の気質は備えていない自覚のあった一年だったが、本物の野獣を目の当たりにしたとき、彼は自分自身がトピだインパラだトムソンガゼルだと思った。
 早い話がばりばり食われる運命の生き物なのだと。
 箱根学園きっての野獣こと、荒北はインターハイ前の合宿で早々と熱中症で倒れた一年生数名に不甲斐なさを感じ、怒髪天をつくほどたいへんご立腹だった。彼にとって一年生の不十分な体調管理は同情に値しない。むしろ足手纏いにしか感じていないだろう。
 彼の頭の中は福富と自分とそれ以外、そんなシンプルかつ傲慢な仕分けがなされているのだ。
 本能的な恐れを感じ、一年生たちはあまり荒北と好んで話したことはないが、個性的な先輩の中でも飛び抜けてお近づきになりたくないランキング堂々一位の男だった。
「そう言うなよ。オレらも一年のときには似たようなもんだったと思わんかね?」
「福ちゃんだけは一年の時か別格だろ」
 真っ当な助け舟に微妙な答えが返る。助け舟を出したのは、女の子と「マキちゃん」なる他校らしい恋人さえ絡まなければ、良識のある比較的親しみやすい先輩の東堂だった。
「……でもまあ、氷嚢が追いつかないくらいにぶっ倒れる一年もどうかと思うが……」
 夏本番を前に本日の気温は真夏日を記録、湿度もたっぷり微風すら吹かぬ、そんなハードな陽気に当てられた一年たちはまさに屍累々だ。唯一元気なのは、遅刻と欠課が祟って合宿中でも課題プリントと格闘している真波くらいか。
 ドミノ倒しに倒れた一年生たちを介抱するための氷嚢すら足りなくなる有様だった。
「……めんどくせえ。……このまま山に埋めるか?」
 三白眼で倒れ伏した一年たちを睥睨し、あまり洒落にならない本音を荒北が披露する。彼が言うと冗談ではなく、まさに自分が入る墓穴を本人に掘らせてから埋める、そんな恐ろしさが現実味を帯びてしまって心臓が裏返る。
「埋めんな。山が汚れる」
 東堂の諫め方も微妙だった。空を仰ぎ見ながら、山は神聖なものだからな、そうだろうマキちゃんなどと誰も聞いていないことを呟きだした。それはそれでちょっと怖い。
「埋めてもいいが……部員が減ったらトミーは悲しむな」
 荒北の背後から見かねた凶悪漫才へ新開がぽつり。
「そうか、不法投棄は福ちゃんが悲しむな」
 投棄の前になぜ殺人の可能性を考えないのか謎だが、新開の一言が決め手となって不承不承ながら荒北は氷嚢の代わりになる物を探しことに決めた。ポリ袋がいちばん妥当に思えたが、強度面を考えた荒北の思惑は違っていた。
「東堂、財布を出せ」
 青空にマキちゃんとやらに捧げるポエムを綴っていた男へ掌を突き出す。壮大な愛のポエム十二章目に突入していた東堂の顔は不満でいっぱいだった。カツアゲのように財布を要求されたことが不満なのか、愛のポエムを邪魔されたことが不満なのかは定かではない。
「は? オレが氷嚢代出すのか? 部費で賄うだろう、ふつう?」
「ボケナス。今から氷嚢買いに行って間に合うか。お前の財布の中にあるものが必要なんだよ、バァカ」
 言いながらなぜか東堂ではなく、勝手に東堂のカバンを漁っていた藤原と小堰が荒北の手に見つけ出した財布を置く。
「あ、藤原! 小堰! てめえら……」
「すまん、東堂。オレたちも自分が可愛いんだ」
 きっちり躾も調教も済ませていた箱根学園影の最高権力者は、勝利を確信して鼻を鳴らす。肉食獣の中でも、彼は箱根学園食物連鎖の頂点に立つ男だった。
 例外は福富のみ。
 東堂の財布を探り、お目当ての物を引っ張り出した荒北は、用済みになった財布を投げ返して忌々しげに舌を打った。
「三枚か、意外と持ってねえな」
 ……それは野口英世や樋口一葉や福沢諭が印刷された紙幣ではなかった。むろんとんとお見限りの沖縄県首里城守礼門でもない。
 小さな矩形にそっとセクシーなリングを描く、明るい家族生活に必要な、それ。
 コンドームと呼ばれる避妊具だった。
「おまっ、なにを……!」
「どォせムシ用じゃナァイ? 部のため有効活用しとけヨ」
「ムシじゃねえよ、タマムシだ!」
 どっちにしろ虫じゃねえか……新開の突っ込みはこの場の人間の総意だった。獣姦は聞き知ったことが有るが、さすがに虫姦は初耳だ。そもそもどうやるんだろう……熱中症でうんうん言いながらも、そこはやんちゃな若い性。ときめく妄想に興味津々だ。
「お前とムシの恋バナはどーでもいいんだヨ」
 真っ赤になって抗議する東堂を意識的に無視し、荒北がコンドームのパッケージを破く。
「……ダイヤ柄か……ムシのくせにこんな刺激突起が好きなのかヨ」
「失敬な! それはオレのセレクトだ!」
 涙腺がゆるい東堂が涙ながらに抗議するが、涙腺に砂が詰まっていると評判な荒北の心には少しも響かなかった。
「オヤジ趣味」
 一言で切って捨てられ、打ちひしがれた東堂はよよと泣き崩れて地面にぷの字を書いている。ちなみになぜ「のの字」ではないのかと、面倒なので誰も突っ込んではくれなかった。
 ……オヤジ趣味じゃねえよ、そりゃちょっとソレを使ったときの巻ちゃんの反応はイイけど……。
 だから誰も聞いてない。
 東堂には目もくれず、取り出したコンドームにぐいぐい氷を詰め込んでいく荒北。氷で奇妙に変形していく0,02ミリのラテックスは強靭そのものだった。さすがは耐久性と抗張力に優れた逸材。
「あ、あの……荒北先輩……それ、まさか……」
「アァ? 氷嚢代わりに決まってんだろ。てめーらがバタバタ倒れるから氷嚢が足りなくなるんじゃねえか」
 恐るべし拡張力を発揮した氷たっぷりコンドームが、容赦なく嫌がる一年の額に押し当てられる。冷たい氷とゼリーの感触がたまらなく気色悪い。未使用とはいえ、しばらくは持ち主である東堂の顔を見たくなくなるほどだった。
「……コッチは蛍光タイプか……ムシ相手にいろいろヤッていやがる」
 言葉の端々に滲む棘は、相手が大嫌いな総北高校の生徒だからだろう。福富が関心を寄せる総北高校など、この世から抹殺されればいいのに。
 ぶつぶつ恨み節を呟きながら、熱中症の一年のため新たに氷を詰めていく荒北は、心根が病んでいるのか優しいのか判断に苦しむところだ。
「ううう、先輩。なんか、人間として悲しいです」
 代用コンドーム型氷嚢を当てられた一年生の嘆きが、切ないほどに周囲の空気を撓ませて行く。
「合宿についてこられないヤツが、人間扱いされるワケねえだろうが。バッカじゃねえ?」
 容赦なく吐き捨て、最後のパッケージを破こうとした荒北の腕を掴む膂力があった。見ればいつの間にか復活した東堂が、ふだんの軽妙洒脱な笑顔はどこへやら、じっとりと陰気な目つきで荒北を睨んでいる。
「……んだよ?」
「最後の一枚は残しとけ」
 お守りなんだから。そんなどうでもいいお守りに荒北は興味がなかった。男の子の願いを無碍に断り、容赦なくパッケージを破こうとする。男の子の股間……否、沽券に賭けて東堂が明るいラブライフのために荒北の蛮行を諫めようとした。
 熱中症でうなる一年を前に、避妊具を取り合ってケンカになる三年。もはや王者の威厳はどこにもない。このままコンドーム争奪戦の先輩たちに見捨てられるのだろうか……不安で泣きそうになったい一年の前に光が差し込んでくる。
 王者を具現化する男が騒ぎを聞きつけてひょっこり現れたのだ。箱根学園自転車競技部主将の福富寿一は、歓喜をもって一年に受け入れられた。この際、Tシャツの柄が江戸文字で「おかわり」なのもどうでもいい。
自転車競技選手として絶大なカリスマを持つ男は、主に荒北の暴走を止める手立てとして有効なのだから。
 泉田の手に携帯電話を握られているところを見れば、誰が福富を呼んだのか明白だった。彼はこれ以上騒ぎが大きくなって、トレーニング中のアンディとフランクが機嫌を損ねるのを良しとしなかったのだ。
 理由は分からないが、揉み合いになっている二人にただならぬ気配を感じ、福富は荒北と東堂の間に割って入ろうとする。
 その時、運命の転機が訪れる。
 まるでこの瞬間を狙いすましたかのように、荒北の手から最後の一枚が離れて飛んでいく転機が。
 ぺたり。
 まだ破られていないパッケージはわずかな空中散歩を楽しんだ後、福富のおでこへ見事な着地を見せて貼りつく。ちなみに中身はイチゴ味タイプのコンドームだ。
 針が落ちても大音声、そんな静寂が周囲を包み込む。
 珍しく声もなく慌てふためく荒北と頭を抱える東堂。
 額に張り付いた小さなパッケージを手に取り、重厚な声で福富は呟いた。
「これは、なんだ?」
 荒北には分かった。東堂にも、新開にも、おそらく泉田にもわかっていた。
 それは嫌味でも叱咤でもなく、純粋に、心から発せられた「知らない物を見た」疑問なのだと。
 生まれて十八年。自転車にすべてを捧げたストイックな男には無用のものだったのだ。
 ……福ちゃん! なんて清いんだ!
 ……あー、福なら……うん、有り得るな。
 ……トミー、荒北は意外と紳士だったのか?
 三者三様に福富を見ながら、ちいさなパッケージを片手に首を捻る姿に感銘を受ける。
「トミー」
 感銘を受けたまま新開は口を開いた。胸が痛むが真実を伝える義務は必要だ。
「ソレは先っちょを切って使うんだ」
「このボケナス! ピュアな福ちゃんにド腐れた嘘を教えてんじゃネーヨ!! 福ちゃん、今度オレがちゃんとした使い方教えるから」
「福、逃げろ。全力で逃げろ。出来れば鉄のパンツを履いて寝ろ」
「アァッ? 紙製のパンツを履いているタマムシと福ちゃんは違うんだヨ!」
「失敬な! お金持ちのマキちゃんのパンツはブランド品だぞ!」
「突っ込むところはソコでいいのか、東堂?」
「だからコレはなんなんだ? 一年の治療は済んだのか?」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる三年生を前に、くだらなさの畢竟に立たされた新一年生に、そっと「退部届け」の文字が浮かんでも責められるべきではないだろう。



 「……と言う訳なんだよ、巻ちゃん」
 場所は千葉の巻島家。位置は清潔なベッドの上。姿は全裸で正座中。ただし股間の一部だけには、0,02ミリのお帽子が装着済み。
 巻島裕介は不機嫌だった。とってもいっぱい不機嫌だった。
 東堂の話の大部分はどうでもよかったが、股間にちょこんと被ったモノのセンスに心はかき乱されていた。
 凸凹仕様のダイヤ柄ではない。てらりと輝く蛍光タイプでもない。むろんイチゴ味でもなかった。
 東堂の元気印に被ったニクイ奴。それはキュートな笑顔を見せるスマイリー柄のコンドームだったのだ。
 コンドームにそんな柄を持ってくるのもどうかと思うが、独特のセンスで生きる巻島には悪趣味なスマイリー柄は手ごわい挑戦状にしか映らなかった。
 白い指がそっと東堂の股間に伸びる。自転車のハンドルバーさえゆるく握るはずの指は、憐憫もない力でぐぐっとスマイリー柄を握り込む。
 凶暴な力は野獣なみ。
「いて! いてーよ、巻ちゃん! 折れちゃうから!」
「骨がないのに折れるわけないっショ。それよりダレがこれを財布に入れたっショ! 相手はツボを抑えているヤツっショ!」
 見えない敵に対抗心と嫉妬の炎でめらめら怒りながら、巻島の謂われない詰問は続く。
 むろん氷嚢として使用したコンドームの代替品を入れたのは、巻島とよく似た自己主張の激しい下睫を持つ男である。
「言わないと三回転半ねじるっショ」
「雑巾じゃないんだから勘弁してくれよ、巻ちゃん! ほんとに使えなくなっちゃうから! ……ようはさ、巻ちゃん、この柄が気に入らないんだろ?」
 痛みに顔を顰めながら、必死に東堂が取り繕う。嫉妬してくれる巻ちゃんもカワイイな、そんな暢気なことを考える余裕は残されていたが。
 巻島はスマイリー柄が気に入らないのではなく、センスのいいスマイリーに東堂の浮気を警戒しているだけなのだ。むろん意地悪くこれを入れた神奈川県代表下睫クイーンは、千葉代表下睫女王の微妙なセンスを知る由もない。まさかセンスがいいと感じていると、箱根では想像もしていないはずだ。
 見えない敵に嫉妬心を燃やす巻島を落ち着かせながら、東堂は荒北が足しておいた新たなパッケージを破き始める。
「ごめんよ、巻ちゃん。最近暑いからさ。やっぱりペンギン君のひんやりクールな新感覚、メントールタイプがよかったんだな? すまんね、気がつかなくて!」
 かわいらしく小首を傾げる姿に巻島はすねたように口を噤む。そんなふうに言われては、東堂に弱い巻島はなにも言えなくなるじゃないか。へこたれない東堂にあっさり折れてしまう巻島だ。
 しかもメントールとは……男の子の若い性として、ちょっと、かなり興味津々だった。
「……じゃあ、そっちにするっショ」

 だが物事の側面には必ず真実が存在する。
 その新感覚メントールコンドームが、いつかは訪れる福富との愛の日々のために、荒北がタマムシ相手にリサーチしたことは東堂さえもしらないままだった。

 
 翌朝、巻島は多くを語らなかったが、一晩でやたらと増えたゴミ箱の蓄積量がすべての答えであろう。


※オチは芝さんから頂きました。

                                  終