6/26発行ペーパーSS 東巻

毒電波と妖怪アンテナ

 東堂尽八は苦悶の極みにいた。
 無理もなかろう。正座した目の前にはでんと鎮座した東堂自身の携帯電話。インターハイでの初日と二日目における東堂の活躍に、ファンクラブや友人たちから惜しみない賞賛のメールがざくざくと送られている最中だ。雨霰のように降り注ぐメールの中、ライバル兼(周囲公認)恋人(東堂自認)である巻島のメールを待ち続けていた。
 だが携帯はずっと沈黙を保ったままだった。
 それもそのはず。現在、東堂の携帯は沈黙を保つ状態であるからだ。
 度重なるメールの着信音とバイブ振動により、「フクちゃんの安眠を妨げる」と、福富第一その他大勢論者の筆頭、荒北に容赦なくバッテリーを抜かれてしまったのだ。
 インハイ直前のいつでもどこでも頻繁に電話とメールを繰り返した東堂に、他校不義密通罪のペナルティとして巻島のメールアドレスや電話番号を荒北に削除された状況と同じくらいならまだいい。秘密フォルダには巻島からのお宝メールが残っているため履歴には困らないし、履歴がなくとも東堂は巻島のメールアドレスをまるっと暗記している。巻島が面倒くさがって、メールアドレスをデフォルトなままの英数入り混じり難解アドレスでも問題などない。愛を持つ人間のポテンシャルをなめてはいけないのだ。
 が、しかし。
 東堂がいくら巻島に関して驚異的な記憶力を持とうが、携帯のバッテリーを抜かれてしまっては意味がない。
 だが」文明の利器の前に頓挫するかに思えた東堂の愛は、ここから本領発揮をせ付ける。
 まんじりと電源が絶たれた携帯を前に、電波か念力で巻島のメールが届かないか頑張り続けていた。
 この場合、仮に念力が通じても巻島からのメールがないと思わないあたりが、東堂の東堂による東堂のための愛だろう。
「……うぜェ」
 引き抜いたバッテリーを弄びながら、へこたれず総北の宿舎方向へ電波と念力を飛ばす東堂を見つめる野獣の目。本人の許可なくバッテリーを奪ったのは、もちろんハコガクのやさぐれオカンこと、荒北靖友である。福富の安眠を守るためにバッテリーを引き抜いたものの、毒電波が福富を汚染しないか心配で様子を見に来たようだ。ちなみに福富は先ほど健やかに安眠したのは確認済みだった。
「まあ、フクちゃんの迷惑にならないなら、好きにさせときゃいいじゃナァい?」
 そう呟き、電波と念力を飛ばす東堂を見捨てて布団に潜り込もうとしたところで。
「東堂、巻島から電話だ」
 この場にいてはならない人間の声と、この場に有ってはならない人間の名前に勢いよく顎が落ちてしまった。
 見れば眠そうに目を擦りつつ、正座した東堂に自分の携帯を差し出す福富の姿。
 なぜだ? なぜ巻島がフクちゃんのケーバンを?
 電話を奪って問い質すより早く、バネ仕掛けのビックリ箱のように東堂が福富の携帯を奪っていた。
「巻ちゃん巻ちゃん巻ちゃぁぁぁぁん! どうしたのかね? なぜフクの携帯に? ああ、金城の携帯か……わざわざすまないな、巻ちゃん! ……うむ! なにやら巻ちゃんから連絡があるような気がしてな……なに、巻ちゃんもか! さすがは巻ちゃんの妖怪アンテナだな! ……それでな、巻ちゃん」
 話は、続く。
「……フクちゃん……どゆこと?」
 木の根なみの青筋を浮かべる荒北に、しょぼしょぼ目の福富が丁寧に答える。
「総北の巻島が、なにかこっちから異変を感じて東堂に連絡したらしいが、何をしても通じないと。それで金城の携帯からオレに連絡したようだ」
 みしり。
「ああ、そう」
 みしみし。
 荒北の手の中で携帯のバッテリーパックがありえない音を響かせる。
「富士山火口で心中しやがれ、バカどもが」
 そして強く荒北は思った。電波や念力を送信する東堂も、それを受信する巻島も、人間としてまっぴらごめんだ。インハイが終わったら、絶対に縁を切ってやる、と。
 そのためなら、どんな祈りも神や悪魔に捧げてみせる。
 荒北の決死の誓いと祈り。

 だが電波や念力に祈りが負けたと知るのは、そう遠くない未来に続く腐れ縁を見つけた瞬間だった。


                               続