ハロウィン企画ログ 東巻

ハッピーハロウィン 1

 「はい、巻ちゃん! Trick or Treat!」

 満面の笑みを浮かべた東堂がばら撒いた色とりどりのちいさな包み。
 赤やピンク、緑に黄色、青やオレンジ、ほんとうに色とりどりだ。
 最初はキャンディの類かと思った。ファンクラブの女の子からの差し入れでも持ってきたのか。
「いっぱいあるぞ! どれでも選ぶといい!」
 個性的な髪や痩せた膝に落ちたキャンディの包み紙に巻島は嘆息し、とりあえず東堂のカチューシャによく似たオレンジ色をチョイスして包みを開いた。このチョイスが無意識だとは巻島も気づいていなかった。
 包み紙を開く。
 五秒の沈黙があった。
 六秒後、巻島の腕が剛腕投手のように振り抜かれる。
 七秒後、東堂の秀でた額にぺちりとそれはぶち当たった。
「……なんの真似かね? 巻ちゃん?」
「それはこっちのセリフっショ! なんショ、これは!」
「男の嗜み、明るい家族計画ことコンドームに決まっておろう! ちなみに親父の代は衛生サックと言っていたそうだ! 浪漫だな、巻ちゃん!」
 どうでもいいことだが、東堂の「浪漫」は「ロマン」ではなく「ろうまん」と発音している。なかなか芸の細かい男だ。
 避妊具に対し男の浪漫をまったく感じない巻島は、堂々と胸を張って語る東堂の神経が分からなかった。額に投擲されて貼り付いていた淡いオレンジ色のコンドームを、水戸黄門の印籠のように大威張りで掲げられても平伏する悪代官の気分になれるはずがないのだ。むしろ心情としては暴れん坊将軍で悪事が露見し、「ええい、上様がかような場所におられるはずがない! 斬り捨てぃっ!」と叫ぶ次席家老にいちばん近いだろう。
「しかし巻ちゃんはオレンジ味が好きだったとはな。てっきり髪の色と同じでマスカット味だと思っていたが……これは認識を改めねばならんな」
「だまれ沖縄黒糖黒飴……ん? オレンジ……? マスカット?」
 とりあえず東堂の黒髪に黒糖黒飴と突っ込んでからふと気がついた。
 頭や膝にばらまかれたキャンディ型の包みは、色こそ違っているがが大きさや形はそっくりだった。つまりはあのキッチュな包みの中身も一緒の可能性が高いわけであって……。
 カラフルな避妊具だけでも頭が痛いのに、黒糖黒飴頭はとんちきな発言をしなかったか? オレンジ味とかマスカット味とか? まさかフレーバー仕様なのか?
「……ちなみに聞くが、これはナニ味っショ?」
「ピーチ味」
 つまんだ包みの色はピンクだった。赤、青、黄色と、信号機カラーを立て続けに並べる。東堂の返答は腹が立つくらいに滑らかだった。
「イチゴ味、青リンゴ味、練乳バナナ味」
「なんでバナナだけ練乳つきっショ!」
 剛腕投手、再び。黄色い包みが東堂の顔面を強襲したが、これは予測の範囲内だったのか、手堅い鉄壁守備をみせてなんなく東堂がキャッチしてしまった。
「それは……バナナの形と練乳には、男の遊び心があるとしか言えんだろう? ……ところで巻ちゃん?」
「練乳バナナだけは使わねえ」
 先んじた言葉に東堂が唇をつんと尖らせる。そんな顔をしてもちょっぴりしか可愛くないだろうが、バァカ。巻島は嘯く。
 早い話、ちょっぴりなら可愛いと思っていることが自己啓発された形だが、自称リアリストな巻島は気がついていなかった。男のアヒル口など可愛いと思ってる辺り、かなり変則ぎみのロマンチストなのだが。
「だって巻ちゃん! もう十月だぞ! 十月といえばなんだ!?」
「神無月だから、出雲大社に神様が総出で集まってる月っショ。出雲は神在月って言うっショ」
「……巻ちゃんって、見た目はエキセントリックなのに、中身はわりと純日本人だよな……」
 口調が時代劇がかった男に言われる筋合いはない。
「十月といえばハロウィンじゃないか! Trick or Treatってご家庭を訪問し、お菓子くれなきゃ性的なイタズラしてもOKという、実に浪漫あふれたお祭りで……」
「嘘つけ」
 皆まで言わせず切り捨てた。さすがに騙されるか、そんな大嘘。
「むう。九割の真実に一割の嘘を混ぜ込めば、疑り深い人間でも騙せると荒北は言っていたのに……」
「九割リアルなのに、一割の荒唐無稽な嘘が混じれば分かるっショ!」
 ハロウィンくらい巻島だって知っている。さすがに巷にあふれる愛らしいカボチャキャラクターが性的イタズラをするはずがないではないか。まあ、この顔だけは上等だが頭の中身はカボチャ男なら、性的イタズラを本気で仕掛けなくもない過去の実績が辛いところだ。
「今日は巻ちゃんがいつでもオレにイタズラしてもいいように、お菓子もエナジーバーも持ってこなかったんだぞ!」
「いや自転車乗りならエナジーバーは死守しておけ。……つか、オレはお菓子を貰わなくてもお前にイタズラなんかしないっショ」
「せめてお菓子を希望する巻ちゃんの心を慮って、お菓子はあげれないが、代わりにキャンディー型の男の浪漫を持ってきたのに……!」
「心の配慮が間違ってる。お菓子もいらないっショ」
 正論だった。けちのつけようもなく巻島は正論だった。だが正論が罷り通らないのが世の中というものだ。
「で、巻ちゃんはナニ味が好きかね?」
「お前の耳は吹き抜けか? 話を聞けっショ!」
「練乳バナナか?」
「……どーしても練乳バナナを使いたいんだな……」
 なんだかもう疲れきってどうでもよくなってきた。疲労は人間の精神を腐らせる。これは悪い傾向だと分かっているのだ。分かっているが心の疲弊は増すばかりで心はどんどん折れていく。
「練乳バナナなんだな!? 巻ちゃん!!」
「あーもう、どーでもいいっショ」
 大きな瞳がきらきらと輝くさまは目に毒だ。なんでも言うことを聞いてやりたくなる。まったくもう、盲目の恋に頭が空っぽにされてるのは自分の方だ。
 両手を添えて黄色い包み紙を差し出す顔に溜息をつきながら、巻島はその包みを手に取った。
「……東堂……」
「なんだい、巻ちゃん?」

 「Trick or Treat。イタズラしてやるからお前の棒つきキャンディ出しやがれっショ」



                               終